コーヒーの生豆は青くさいだけで、わたしたちがコーヒーだと感じるような香りはありません。十二世紀頃から飲まれていたと言われるコーヒーも、その初期のころはただ生豆を鍋で煮出しただけのスープのようなものでした。生豆を煮ただけのコーヒーを実際に飲んでみると、お世辞にもとてもおしいとはいえない代物です。
現在のコーヒーは、豆をロースとして飲んでいます。ロースト(焙煎)とは、生のコーヒー豆を煎ることで、コーヒーの味と香りを作り出す大切な作業です。グルメの名著として有名な『美味礼讃』(ブリア・サヴァラン)の中には、ローストについて次のような一節があります。「実際、こういう香味は、熱の介入がなかったら、永遠に知られずにしまったことと思われる」
ローストの発見はそれほど画期的で、コーヒーをおいしくする出来事だったと言えます。
おいしいコーヒーは、きまってすばらしい香りをさせています。アロマについていえば、なんと五〇〇種類以上もの香りの成分が、ローストによって引き出されています。コーヒー・アロマも、豆のキャラクターを活かす味の特徴も、ローストから生まれたと言っても過言ではありません。事実、コーヒーの風味の八割はローストで決まるといわれているほどです。コーヒーにとっては「火の洗礼」のロースト。それは、コーヒー生豆に新しい命を吹き込む、再生の儀式なのです。